日記
マレー半島12日間B コタバル
Date:2007/05/19
お向かいの中国人のおじさん。
助けてくれたおじさんとおばさん。おじさんは恥ずかしがってカメラから目をそらす。
船着場
☆コタバルで迷子
さて夜明け前に目が覚め身支度を済ます。
昨日座るのもたじろぐ便器であったが、今朝にはそれに座りながら歯を磨くという順応性が私の長所だと思う。
あ、トイレットペーパーは夕べのうちになくなり、補充はされませんので。シャワーが付いているので大丈夫!って大丈夫な日本人はあまりいないか。
そういえば向かいの中国人のおじさんは私たちと同じワカバルで降りると言っていたが、何時間も前からバシッとワイシャツを着込み、革靴を履いて座ったまんま。
中国語で話しかけられ全くわからず英語で答え、おじさんも全くわからないらしいが、その意思疎通ができないまま10分くらい会話が続いているところが変な私たち。
さて、今日の予定はまずコタバルの旅行代理店を訪ねること。ここはD'lagoonというペルヘンティアンの宿の予約をしてもらった所。pingで予約しようとしたらRM100。高いなあ、と思いネットで探していたら同じ部屋がRM60とあるので連絡すると、カード決済ができずメイバンクへ送金する手段だけとのこと。メイバンクは日本に無い!(知らないが)と言うと、じゃあ当日コタバルの事務所に寄って払ってくれれば良い、と言う。
さて、列車はほぼ予定時刻通りワカバル駅へ到着。のんびりした田舎の駅である。駅を降りるとタクシーの呼び込みがあるのでタクシーに乗りたい方はここで。
私たちはバスで行こうとバス停を目指す。
バス停は結構な距離である。まず駅からまっすぐ歩いて、食堂のある大通りを右折。しばらく歩いて又大通りを今度は左折。しばらく歩いた左側。
そのバス停でいつ来るともわからないバスを待っていると白タク?なのか正規のタクシーなのか知らないが、おじさんが二人でRM5と声をかけてきた。旅行代理店の住所を見せると大丈夫だ、と言うので乗ることにする。
途中道端で違うおばちゃんも乗せてコタバルへ到着。ここだ、というビルの前で降りる。しかしそのビルはメイバンクが入っていて、中の人がそんな旅行代理店は知らない、と言う。あっちじゃないか?と言われる方角へ行くがみつからない。人に聞きながらうろうろするが全くわからない。電話をしてみるが通じない。暑さでへたり込んでいるとおじさんが「どうした?」と声をかけてくる。住所を見せるとしばらく考えてから車に乗れ、と言う。「場所を知ってるの?」と聞くと
「一緒に探すんだよ」と言う。
車に乗るのを一瞬たじろぐ。しかし翁も居るし、助手席には奥さんらしい人が座っているし、車は新しくてクーラーが効いていているし暑さでどうにもならないので乗ることにする。
おじさんはそれらしい通りを探したが見つからないので、携帯で電話をしてくれると今度は通じた。なんと約束したFREDOと言う男は、お客を送って船着場へ来てしまい、タクシーで船着場まで来いと言ってるらしい。私がタクシーは高いからバスで行く、と言うと、今知り合いのタクシーをそっちに迎えにやるからRM20だけ払ってくれ、後はこっちで払う、と言う。仕方なくそれで折り合いをつける。
助けてくれたおじさんはタクシーが来るまで一緒に待っていてくれ、迎えが来たところで握手をして御礼を言って別れた。おばさんにはハグ&キスをした。本心から。
さてタクシーに乗り込むが結構長い道のりだ。そういえば朝から何も食べていない。途中市が立っていておいしそうな果物が山積みなのだけど、タクシーの運転手は一言も口をきかない。多分英語は話せないのだろう。しかも船着場でFREDOが待っているらしいので、寄り道もできない。
一時間以上経ってやっと船着場へ到着。
笑顔のFredoが迎える。ボートハウスへ案内されるが冷蔵庫かと思うほど冷房が効いていて、夜具として腰に巻きつけていたフリースジャケットを思わず着込む。ここで宿代とボート代を払い、すぐにボートは出発すると言う。
他の客と一緒に船着場に案内される。目の前には食堂群。ああ、腹が減った。「ねえ、食べる時間は無いの?」と聞くが「すぐに出発だ。島までボートですぐだよ」と言われる。しかしボートがなかなか来ないので、食堂のテーブルの上に置いてあったバナナの葉っぱに包んだ粽のようなものを買う。20senだ。食べてみるとココナッツクリームを蒸したようなものでほんのり甘くてしょっぱい。翁も買う。
食べ終わるとやっとボートが来て出発。
日がな一日、ここでボートを見ているのだろうウンコ座りのマレー人無職♂達に見送られ出航!
しかし降りだした雨と波しぶきでやがてびしょびしょに。
波が荒く、私のスピードボート人生でも間違いなく1位であろう荒れ方で腰や首などにひどい衝撃を受けながら船は進む。やがてゴージャスな宿の桟橋に着き数人が降りていった。
その後も時化の中船はいくつかの宿で人を下ろす。もう!私たちの宿はいつになるの?!私はほっ被り代わりのイスラム女性のスカーフをぎゅっと被ったまま、船頭の男の子の前に急に現れ「D'lagoon!」と言うと、船頭の男の子はギョッとしたようで「はい」と小さく返事をして次にD'lagoonへ着けてくれた、と言っても桟橋はないので沖で船から合図を送り、宿からモーターボートで迎えに来てくれる。翁は荷物が
重いので「なんでスーツケースを置いてきたんだ?」と文句を言っていたが、これで置いてきた理由がわかっただろう?
スーツケース持って沖で船を乗り換えることできる?
でモーターボートに乗り移り、ボートは岸に乗り上げ、私たちは波でびしょびしょになりながら上陸!
迎えに出た宿の親父が「雨だね」と声をかけてくる。
名前を言うとわかった、と言うように頷く。
食堂兼レセプションで熱い紅茶を振舞われ、こんなにお茶がおいしいと思ったのは久しぶりだった。
食堂に集まっているお客達は全員白人で、イスラムスカーフをかぶった私に視線が集まるが、スカーフをばさっと取るとみんな納得したように視線をはずした。
お腹がペコペコだったのでナシゴレンとミーゴレンを注文。それを平らげて部屋に行く。部屋は食堂のすぐ隣でシーフロント。
しばらく休んでいたが雨が止まないので勉強道具を持って食堂へ。みんなもそこに集まってトランプをしたり、本を読んだり思い思いに時間を潰していた。
夕方少し小止みになったので海へ。
そして夕飯を取って早めに就寝。静かで平和な島の生活が始まった…と思った。